日本の中古車市場
- 新車を購入した所有者は早くて6年から10年で次の車に買い換えて、それまで乗っていた車をディーラー
(新車販売店)に下取りに出すか、中古車業者に売り渡す。業者が買い取った中古車は、
整備して自ら売るか、あるいは中古車業界のオークション市場に出される。
- 販売や買取業者には古物業法に基づく古物商の許可が必要になる。
- 1960年代には中古車流通の仕組みが整っておらず、ディーラーが自社で販売しきれない
下取り車は直接、あるいはブローカーを介するなどして独立系中古車販売業者に流していた。
独立系業者は零細企業が多く、市場の主導権はディーラーが握っていたが、ディーラーは
中古車部門にあまり力を注いでいなかった。
- 1970年代にはオークション形式での業者間取引が各地で行われるようになり、
1980年代にはユー・エス・エスをはじめとするオークション業者による大規模な現車オークションや、
オークネットによる通信衛星を介したネットオークションなどが行われるようになる。
これにより大口での売却が常に可能となったため、1990年代には
ガリバーインターナショナルに代表される新業態「中古車買取専門店」が各地に登場する。
さらに安定した仕入れも可能になったため、特定の車種だけを集めるなどの特徴を持った
独立系販売業者も増えることとなった。
- なお、独立系販売業者の中には、1989年に上場したケーユーや、1990年に上場したハナテンのように、
大規模な業者も見受けられるようになっていた。
- 新車から中古車へ需要がシフトしたのが追い風となり、1990年代後半まで市場全体が大きく拡大。
買取専門店チェーンなどが成長した一方、市場におけるディーラーの地位は相対的に低下した。
- 1990年代後半以降は市場全体が頭打ちとなり、単価の安い低年式車への需要シフトも起こった。
業者にとっては厳しい状況であり、2005年にはハナテンがビッグモーターの
傘下に入るなど業界の再編も進みつつある。
- 2003年には新車半額オニキスが来店誘致型買取システムを作った
(出張買取をせず客に直接来店してもらい中間マージンを還元する)発起人は入社3ヶ月の社員だった。
- また2000年にはトヨタ自動車が買取専門店チェーンT-UPを立ち上げるなど、
メーカー、ディーラーも中古車に力を注いでいる。
- 1980年代頃から、日本で使われた中古車(乗用車、トラック、バス問わず)の輸出が
多くなってきた。商用車の場合、日本語の企業・学校名が入っていたままの輸出するのも少なくない。
当初は左側通行の地域へ輸出するクルマが多かったが、1990年代から右側通行のロシア連邦や
モンゴルなどへも右ハンドルのまま輸出するケースが出てきた。また、盗難車の密輸出も増えてきたことから、
税関のチェックも厳しくなった。
- 2005年頃からは急激な円安により、新車も商社を通さないで輸出する、
いわゆる「並行輸出」するクルマも増えている。
(Wikipedia より)
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